触れたい、手に入れたい、と願えば願うほど相手を束縛してしまう
けれど捕らえられない相手はどうしたら
束縛できるのだろう?
綺麗な鳥かごに巻きつくように荊は伝う
一輪の血のように赤い花だけを咲かして
けれど、鳥かごの中に風はいない
わずかな旋律だけを残して月の光の方向に風は吹き抜けた
♪~
最初はゆっくりと、そして緩やかにアップテンポの音へ
すでに決着のついたチェスの板の前で、静かに歌を口ずさむ
緑の髪の少年、それを向かいの席で静かに聴いている
銀の髪が夜の光と部屋の蝋の溶ける炎の灯に灯される
彼の主、この国の王
空気がその声を名残惜しむかのように
ゆっくりとその音は止んだ
「ありがと、エクス」
静かな声で歌い手に賛辞と感謝を述べる、穏やかな柔らかな高さを残す声が響く
「いいえ、喜んでいただければ光栄ですよ、ティス」
こちらもまた、高さを残す声が響く
「ところでさ、いいの?見ていて少し不憫だったよ彼?」
不意に話題が変わる、ええ、と肯定の声を告げ、質問をうながす
「貴方は麗騎士の応援派なんですか?……めんどくさいんですよ、あしらうの」
「君に一目惚れしてから、毎日頑張っている姿を見ていると・・・ね」
「そう聞きましたが、実は話している以前より僕は昔一度あっているんですよ」
「へぇ」
「言ってもいい事何もないので、言わないです。」
「そうなの」
クスリと笑うティスに、エクスは笑みを返して答える
「麗騎士のことでしたら、お気になさらないで下さい、「キングⅡ世様」」
「・・・この質問はもう聞き飽きた?」
少し堅い口調に、「キングⅡ世様」と呼ばれたティスは軽い苦笑を落とした
「そうですね、わりと」
「君に「恋人」ができたとしても、僕は構わないのに」
「選ぶ権利だって僕にはありますが?少なくとも彼とは合わないですよ」
負けを記した自分の黒の「王」の駒を持ち上げ指でいじるエクス
「それとも、早く僕を手放して安心したいですか?」
問いかける言葉
「仮に僕がいなくなったとしても・・・幸福であって欲しいのは本音だよ」
「不器用な……方です、貴方は僕が死なせないですよ」
黒の王を握りながらテーブルに手をつき、王の方へ身体をよせ、口付けを一つ落すエクス
ゆっくり微かな唇の距離を離す
「彼は純粋に君を愛してくれているよ?」
「僕に恋人ができたとしても、望んだら僕に肌を許して、このまま抱かれるのに?僕が望めば貴方は僕を抱けるのに?」
一度身体を離す二人、エクスは、椅子から完全に離れ王に近づく
王は、その頬に触れる、片方の手をエクスはとり掌に口付けを落す
「・・・ティス、貴方が言葉にしなくなった思い、僕は幸福以外の何ものでもないんですよ」
王がどんなに距離をとろうとしても、一番深く、心地よい距離を知る少年
それはどんな変化が生じたとしても、けして朽ちてはくれない感覚
「「恋」を言い訳にしなくても全部を望む相手は君だけだよ」
言葉を紡ぐ王
「僕が誰かを「愛しても」君のためなら、きっと全部手放してしまうよ、君が笑うなら
僕は僕自身に誰かが与えてくれるぬくもりも手放してしまう、君が誰かを望むなら
僕はそれを甘受するよ?」
エクスの胸元に口付けを一つ落す、エクスもまた、王の髪に唇で触れる
「(きっとティスは誰かを愛しても・・・僕の為にその手をはなせるんだろうな)」
なんて甘美で残酷な毒を互いに含むんだろう
そして、その事実に確かに悦び歓喜の声を上げる自分の魂を知っている
自分もそしてまた貴方と同じである事を識っている・・・
同時にふっと思った事をエクスは一つ零す
「どうして言葉にしてくれたんですか?」
「ああ……君の歌に酔ったせいかな?」
その答えを素直に「言葉」で返される
一つ二つと、衣服を脱がすエクスの衣服を脱がす、ティス
「・・・本当に珍しい、こういう風にして誘われることなんて初めてかもしれないですね」
くすっと笑ってティスを抱きしめるエクス
「だから、優しい歌は他の人の前で歌って欲しくないな・・・危険だから」
「本当に珍しい…こんな風に貴方の望みを聞くのは久方ぶりだと思います・・・喜んで」
「ん…」
先ほどまでのついばむようなキスではなく、今宵初めての深いキス
そして、宵に落ちていく
僕は…彼が・・・ティスが一番大切、それは変わらない事実
それが僕の心の全て・・・ああでも
あの優美なピアノの音と美しい赤色が今でも耳と目に残っている
『・・・困りましたね・・・』
紅い髪を揺らす、若者が目にはいった、酒場で情報収集をしている時のことだった
あれは・・・12歳~13位の時の記憶
整った顔立ちが印象に残った
整った指先でピアノを弾く手だと思った
(・・・兄さんもそんな手だった)
とはいえ記憶の兄は、その指はヴァイオリンを奏でていて
ピアノを弾く姿は少なかった、ピアノはむしろ僕よりも僅かに
年上の銀色の彼の姿を思い出していた
ふと思考が揺れたが現状に意識を戻す
状況をみていると、手持ちの残金が少ない・・・けれどどこか泊れるところがないか捜しているようだった
_甘えないで下さい_
気付いたらそう声をかけていた
驚いた表情の彼(それはそうだ)
ここは酒場、それでも、多少、質のいい酒場だったから
ピアノの一つでも弾いて稼げばいいと言い放った
どうして私が弾けると分かるのですか?と聞かれたから、指を見れば分かると言った
マスターとは情報収拾の関係上顔なじみだったし
許可を願いすぐに許可がでた
自分はこんなところでピアノを弾くつもりはと言われたから
_臨機応変に対応できないで・・・旅人がつとまるとでも?_
切り替えした、だってそうでしょう?生きる上で最低限のプライドを守るためには
稼げる時には稼がなければ・・・いけない
少し驚いた表情、それからすぐに・・・意を決めたのか
整った指が鍵盤を叩いた
聞かなければ良かったと今でも後悔が胸の奥を叩く
忘れられない、ト音記号ソの音それから紡がれる旋律
息を呑んで、その音に聞き入った、言葉などいらない……
ただ聞きいった、数曲目に知っている曲が流れ後悔した(思い出を上書されたくない〉
思わず声がその曲を紡いでしまった(自己嫌悪)
赤い髪が、瞳が自分を見る視線に気付く(フードをしたままで助かった)
視線を逸らし僕は逃げるように……いや、そこから逃げた
頬を伝う涙が・・・熱かった
「・ス・・エクス…」
ぼんやりとした意識に声が聞こえた・・・
「・・・ティ・・・・・・・・・ス」
意識が完全にこちらに戻る、思い出したくない夢をみた
思い出の中の幸福だけでよかったのに・・・
穏やかなその曲が・・・・・・・美しくて・・・・・・・怖かった
「・・・どうして泣いているの?」
シーツがティスの肩から滑り落ちる・・・(ああ、まだ夜明け前なのか)
優しい指が髪に触れてくれる
「・・・・・・・・僕は心の中に残るあの音が嫌です」
大切な幸福以外に残されてしまった、あの音がいつだって怖かった
侵食されてしまいそうになる瞬間が怖かった
・・・怖かった
過去は過去、今の幸福もあるだろうと・・・言われているようで怖かった
怖い・・・怖い、忘れたくない、上書きされたくない
「エクス」
額に口付けを一つ落とされる、それだけで・・・先の恐怖は和らいだ
「何が怖いの・・・?」
僕を見つめるティスに、頬から伝わる熱を止められないまま告げる
「・・・記憶」
答えを吐き出すのが怖かった
「子供の頃以外のもう一つ心に残っている・・・残ってしまった
・・・美しいと思ってしまった旋律があるんです」
僕でなくても大丈夫だと思われ、自分の手を離されてしまったらと思うと・・・言えなかった
「・・・僕は貴方に手放されるのが怖いんだ、ティス」
片腕で顔を覆い涙が溢れて止まらない
あの鮮烈な赤が瞬間美しいと確かに思った
麗騎士が自分の心に入ってきてしまうのかもしれない
受け入れてしまう可能性の自分が怖かった
_でもそれは僕は嫌なんだ_
幼き日の幸福だった日々を思い出す、そして
落下する幼い僕を抱きしめ守ろうとしてくれた
銀色の髪と柔らかな金の瞳、自分よりもわずかに大きいだけなのに
身体全体で守ろうとしてくれた温かな体温
満たされ、満たされて僕は貴方だけが良いんだ
「ごめんエクス……忘れて」
静かな声が響き思わず腕をどかし、少し驚いた表情でティスをみるエクス
「……君が泣いてしまう、「美しい旋律」の記憶を
忘れて夢だったって……君の中で壊して」
優しく……祈るような命令が響く
「恋人以外の全部だったけど……君の恋も貰っていい?」
「うん……いいよティス」
微笑み安堵と歓喜の声が零れるエクスに腕を伸ばし抱きしめるティス
「僕は君が本当に好きで大切なんだよ、愛してる」
啄むような口づけから、再び深い熱が落とされる
記憶から感覚からその感覚がさらさらと
言葉にしなくなった思いが再び言葉として紡がれ
歓喜と共に鎮められ熱が重なる
『これ以上踏み込まないで下さい』
(そう軽口を叩くように呟いた)
微笑んだ緑色の少年が本当はどれだけその言葉で
自分自身の心が切り裂かれていたなどと悟らせない表情で
ただ一人の人間からの唯一の愛を求めていた
だからもう風羽の子供は大丈夫だった
目の前に焦がれたぬくもりが確かな熱を持って存在している今
その旋律は
ただの事柄として、遠くへ置いて行かれたのだから
____________________________
麗騎士→風騎士×キングⅡ世。前提の話です
2018年でした、元の文章に修正、後半加筆して今回お送りしました。
エクスは、自分の領域に簡単に入らせないので、わずかに入り込んだ麗騎士の記憶に
エクスが振り回されてるという話でした、可能性を否定して僕を選んで欲しいと
いう感情が存在しているので。
今の(2025年)エクスが鉄筋メンタルなので、うおぉ~繊細さが残ってると
謎の感動をしています(管理人~~~)
キングⅡ世は自分以外を選ぶ可能性があるのかなと分かっていたので
様子を見ていたのですが、エクスが嫌だと泣いたのを見て忘れていいよと
ある意味腹を括った感じですね(命令してますし〉
色々無粋に記載しましたが
エクスは純粋にティスが好き、ティスも純粋にエクスが好きですね
一周回って、いつもの事で今回も「いつもの二人」でも恋人、恋の枠も収まった感じです
拝読ありがとうございました
2018年/2025年