残響音と愛しき夜想曲
数多の血が壊れた器に注がれ、意味もなく滴は滑り落ちていく
闇を冠する漆黒の騎士は感情を寄せることなく
物言わぬ肉片と血の広場の中心にいた
畏怖、羨望、侮蔑
それらの声は彼のどこにも、掛かる事無く全て滑り落ちていった
(そう生きてきた……お前と再会を果たし、お前を殺し俺は…終わるはずだった)
「闇騎士」
少し高めの柔らかな声が薄暗い部屋の中に響いた
銀色の髪が月明りをうけ淡く光を放っているように映っていた
「……」
「悪いかなって思ったけど、鍵がかかってなかったから入らせて貰ったよ」
「……」
「珍しいね鍵もかけずに、机で、うたた寝なんて……それに」
銀色の髪を揺らし、闇に溶け込む黒衣の青年の
首元に右手で触れた
「無防備すぎるよ……どこか調子でも優れない?闇騎士」
「…ティス」
闇騎士と呼ばれた青年はティスと呼んだ
幼さの残る青年を見つめ答えた
「俺はまだ終わっていはいけないのか」
「うん、ごめんね」
ティスは両手で闇騎士の頭を抱きしめ
終わっていはいけない事を肯定をする
「僕のために生きて、シルド」
「そうか」
シルドと呼ばれた闇騎士の青年が僅かに距離をとり
金色の瞳で、こちらを見つめるティスと再び視線が合った
悲しい位に綺麗な星のような瞳に
_汝が、それすら放棄し、幸福になりたいと言うのならば止めはしない_
_その称号は余の騎士でもある証、汝が罪を犯したとならばそれは同時に余の罪でもある
汝は一人で、その罪をここにおいて行けばいい_
_僕が、その責を担おう_
嘘と嘘と嘘と切り裂くような想いを前に
闇騎士は死を諦めた
「騎士」として忠誠を誓った「主」として受け取った
でも、それはお互いに詭弁で、建前だと知っている
(いかないで)(おいていかないで)(ここにいて)(ああ……ごめんね)
(嫌だ……)
シルドは知っていた平気ではないのに
平気であるかのように振る舞う彼を
(……そういう立場だ)
幼き日々を共に過ごした、守りたかった
出来る事なら悲しい出来事全てから守れるくらいに
「ティス」
右手でティスの後頭部に触れ引き寄せる
静かに受け入れられ熱が広がる
(恐らく、何かが欠落する前の自分でお前を守り続けたかったのだろうな)
彼は空っぽの心に憎しみという形でも命を繋ぎ留めていた
彼は全てが終わり、理由を失くしても必要と願われ繋ぎ留められている
答えのない虚の残響音が内側から広がる世界の中で
守りたいと願う月のような彼の鼓動の音だけが
彼の世界を癒す愛しき夜想曲